連載#32 「流木と粘土あそび」

幼いころに楽しい思い出を持っている人は幸せ。
子どもに自然のなかでたくさん遊んでほしい、土や木、水にように根源的なものに触れてほしいと、「流木をつかって粘土あそび」をした時期があります。

ゴールデンウイークの休み中、北海道東端の海岸へ行きます。知床半島のつけ根あたりです。なぜそこかというと、ロシアから太平洋へむかう根室海峡はすごく流れが早く、シベリアの木や、難破船の木片か、流氷にのってきた木も、大量の流木が漂着します。
わたしは春の柔らかい昆布を獲る地元の人たちに混じって、流木をひろっては大きなビニール袋へ入れます。
ヘビに見える木や、魚みたいなの、黒い目玉と思ったら木のフシだったりする。
白骨みたいなのは長いこと海にもまれてきた木にちがいないが、本物の骨かも、牛の肋骨かもしれない。頭蓋骨みたいのは木の根っこだ。
袋をズリズリ引っぱりながら海岸を歩いて、袋がいっぱいになったら宅急便やさんへ。そこでダンボール箱を買い、ビニール袋を詰め、東京へ送ります。

東京に着いたダンボール箱は海水でしなっと柔らかく、箱の形もゆがんでいます。
その箱をみんなの前に置きます。 
「何だろう?」 好奇心にかがやく目の前で、ダンボール箱を机の上にひっくりかえすと、砂がバラバラッと落ち、パーッと潮の香りが立ちます。
みんないっせいにワアッと歓声をあげながら箱へ手をつっこみます。

「皆ちがって、皆おもしろい」

お相撲さんの足みたいに太いのも、器みたいに凹んだのも、楊枝くらい細いのも、大きさも形もさまざま。
ずっしり重い流木は漂着したばかり、長い間浜に打ち上げられていたのは乾いて軽い、白い塩まみれや、貝殻がくっついている、コールタールで真っ黒なのもある。
海がつくった偶然の形に同じものはありません。
鼻を近づけたりしながら、好きなのを両手に何本も抱えて大賑わい。気がすむまで選んだら、いったん家に持って帰り、たっぷり触って、自由にイメージを膨らませたら、作品つくりです。
絵の具をぬる、ノコギリで切る、釘を打つ、焦げ目をつける、どんな副材料を使ってもどのように加工してもいい、自由です。

作品ができあがったら写真に撮り、北海道の流木の町の生涯学習センターで展示してもらいます。
「へエー、わしらにはゴミみたいな流木が、こんなんになるんか」と地元の人たちにもけっこう人気でした。
じっさい、その年の町の文化祭では、流木を利用した器や作品が多かったのです。

こんなことがありました。ある年、ビニール袋をズリズリ引きずりながら流木探して歩いていると、遠くから長靴をはいた熊みたいなおじさんがわたしを目がけてやってきます。どんどん近づいてきます。あわやというとき、
「ゴミ拾ってんの、ボランティアさん? 浜を掃除してるんかい」

また別の年は、閉校になった町の中学校の教職員住宅にただで住んで、何か月間も流木の大木に取り組んでいる芸術家に会いました。
「ロシアの大地から流れてくるせいか、流木のスケールが違う」
流木をゴミと思う人もいるし、木+海+時間がつくった造形と面白がる人もいます。
わたしは流木がたくさん漂着する海岸ならどこまでも歩いていけます。

子どもだけでなく、大学生にも、大人にも、流木+粘土あそびをしてもらいましたがみんな同じ。年齢は関係ありませんね。

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ねんど博士 中川 織江

北海道出身。大学で彫塑を学び、大学院で造形心理学、 京都大学霊長類研究所でチンパンジーの粘土遊びを研究し、博士課程後期修了。
文学博士

職歴は、芹沢銈介(人間国宝)染色工房、デザイン会社勤務を経て、複数の専門学校・大学・大学院で講師、客員教授として幼児造形や心理学を担当。また、10年以上、全国教育美術展の全国審査員をつとめる。同時に、粘土遊びの魅力と大切さを専門誌に連載。

著書に、一般向けの『粘土遊びの心理学』、専門家向け『粘土造形の心理学的・行動学的研究』がある。ともに風間書房から出版。
現在、幼児の造形作品集の出版をめざして準備中。