連載#33 子どもの粘土作品の記録

 子どもの造形あそびの代表といえば、手でこねながら形をつくる粘土あそび、クレヨンや筆を持って紙に描くお絵かきです。
「粘土は立体」で「絵は平面」といってしまえば簡単ですが、どっこい、この2つは生まれも育ちもちがいます。
粘土あそびは素朴そのもので、大昔から続く生活あそび、まちがいなく造形あそびの原点です。
土は、地球が生まれた時から存在する根源的な物質です。人間は土をこねたり、丸めてダンゴ状にしたり、雨上がりに泥にぬかるんであそんだり、器や人形や動物の形をつくったりしてきました。でも、でき上った形はいつかくずれてこわれてしまう。雨が降れば土が溶け形も消えてなくなる。どれほどがっちり固めてつくっても時間とともに風化し、やがて大地へかえる。土あそびの運命です。それでも人は粘土あそびを繰り返してきました。

わたしは、人は自然に触れながら育つのが必要と信じ、子どもたちが直接手や足でさわって粘土と会話し、自由に発想して形をつくってほしいと願って粘土あそびを研究、かかわってきました。

子どもたちのいろいろな作品が生まれ、生まれては壊れ、つくっては消える、想像をはるかに超えたおもしろい形、とんでもない形があらわれ、そのたびあっと驚かされ、仰天してきました。生命力あふれる子どもの作品を多くの人に見てほしい、見るだけでなく触って感じてほしい。

でも、幼児の粘土作品を見た人はほとんどいないでしょう。なぜなら、幼児の手の力は弱く粘土を固めただけの形なので、乾くにしたがってあちこちがポロポロ落ち、形がバラバラに分解してしまう。
これほど面白い形を、粘土あそびの場にいる人だけの宝物にしておくのはもったいない。それに造形の発達を知るために、作品を残すのは必要なことです。

そう思ったわたしは、粘土あそびに取り組んでまもないころ、粘土作品が保存されていないか日本中を探しまわりました。幼稚園や大学に問い合わせてついに関西で一ヵ所、棚にキチンと保存されていると情報が入り、ああうれしや、と連絡を取っているさ中に阪神淡路大震災が発生、見ること叶わず、何もかも壊れてなくなってしまいました。
日本から幼児の粘土作品が消えてしまった。何とか形に残して未来に伝えたい。作品そのものは保存できなくても、写真に記録すれば可能になる。
それからです。粘土あそびの日は毎回カメラマンに同行してもらい、粘土あそびしているすがたと、結果として残された作品を撮影することにしました。
長く続けて写真は1万5千枚になり、それを5千枚に整理しました。
これらを一冊にまとめ、幼児の粘土作品の記録を未来へ伝えるのがわたしの課題です。

写真は、私の書棚にある粘土あそびのアルバムの一部。右下の赤い背は、チンパンジーの粘土あそびを記録したノートで120冊あります。

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ねんど博士 中川 織江

北海道出身。大学で彫塑を学び、大学院で造形心理学、 京都大学霊長類研究所でチンパンジーの粘土遊びを研究し、博士課程後期修了。
文学博士

職歴は、芹沢銈介(人間国宝)染色工房、デザイン会社勤務を経て、複数の専門学校・大学・大学院で講師、客員教授として幼児造形や心理学を担当。また、10年以上、全国教育美術展の全国審査員をつとめる。同時に、粘土遊びの魅力と大切さを専門誌に連載。

著書に、一般向けの『粘土遊びの心理学』、専門家向け『粘土造形の心理学的・行動学的研究』がある。ともに風間書房から出版。
現在、幼児の造形作品集の出版をめざして準備中。